■東京都の公立中高一貫校から東大に40人合格
中学受験をして私立中高一貫校に進学するか、普通に地元の中学校に進学するか――。それとは違う第3の選択肢が「公立中高一貫校」だ。現在たとえば東京都には11の公立中高一貫校がある。
2011年には東京都立の中高一貫校である白鷗が、1期生にして5名の東大合格者を出し「白鷗ショック」と騒がれた。その後も総じて見れば、都内の公立中高一貫校は着実に大学進学実績を伸ばしている。
2017年、小石川から14人、武蔵と大泉から各6人が東大に合格している。都内の公立中高一貫校全部を合わせれば東大合格者は40人にもなる。日比谷、西、国立など、都立高校の進学実績復活もさることながら、公立中高一貫校もいまや一大勢力となっているのだ。
ただし倍率はそれほど上がっていない。むしろ下がる傾向にある。にもかかわらず、合格偏差値に表れる難易度は上がっている。小石川や武蔵といった人気校は、もはや私立難関校と同等の難易度だ。これが何を意味するのか?
■都立中高一貫校対策で「ひとり勝ち」のena
公立中高一貫校では、入学のための審査において、学力試験は行わないタテマエになっている。だから「入学試験」ではなく「適性検査」という呼び方をする。そのため一般的な「中学受験」とは区別して「中学受検」と表記する。
そして当初、あくまでも学力試験ではないタテマエの「適性検査」では、知識の量を試すのではなく、思考力や表現力そのものを見るために、塾での対策は不要で、塾での対策は不可能とまでいわれていた。
しかし近年は、まったくの対策なしでは受検するだけ無駄であることがわかってきて、かつてのような「ダメもと受検」は減り、しっかりと塾で対策をしてきた受検生のみが受けるようになってきているのだ。
そんな中、東京都の公立中高一貫校対策で、群を抜いた実績を残す学習塾がある。「ena」である。
東京都にある公立中高一貫校11校への2017年の合格者総数は738人。総募集定員に対するenaの合格者占有率は約5割。西東京の多摩地区の4校に限れば、占有率は6割を超える。全国的に見ても、公立中高一貫校対策でこれだけの実績を上げる塾は珍しい。
そもそも塾での対策は難しいといわれていた公立中高一貫校の適性検査問題をどのように攻略したのか、どのような教材を使っているのか、どんな授業が行われているのか。
■偏差値60くらいまでの私立中にも対応可能!?
それを徹底取材してまとめた拙著『公立中高一貫校に合格させる塾は何を教えているのか ひとり勝ち「enaの授業」から分かること』でも詳しく解説しているが、enaの公立中高一貫校対策コースは、基本的に小5~6の2年間で構成されている。そのカリキュラムは、私立中学受験塾とはだいぶ違う。そもそも算数・国語・理科・社会のような教科別にはなっていない。
最低限の授業だけに絞るなら「適性理系」「適性文系」「作文」の3種類の授業を週2回の通塾で受けることができる。実際にはオプションの授業もとって、小5で週3回、小6で週4回の通塾がスタンダードとなる。
教材はオリジナル。その内容が、私立中学受験用テキストとはまるで違う。たとえば小6の「適性文系」のテキストの上巻は、「地図を読む」「資料を読む」「調査する」などという単元から始まり、「ごみについて考える」「人口について考える」などという単元も出てくる。理系でも「実験結果を読み取り考える」「条件に合わせて考える」などの単元が並ぶ。
一通りの授業を見学し、書籍の中でレポートしているが、授業の印象を一言で言うならば、一般的な難関私立中学受験塾のそれと比べるといい意味でゆるい。宿題の量も少ない。
一つひとつの問題にじっくり時間をかけ、しかも生徒の発言によって授業がどんどん脱線することをよしとしている。適性検査問題で試されるのは、1つのインプットから1つの正解を導く能力ではなく、1つのインプットをきっかけに頭の中でさまざまな情報をつなげ、自分なりの答えを書く能力だからだ。
それでいて「公立中高一貫校だけでなく、偏差値60くらいの私立中高一貫校にも対応できる」とのこと。しかも昨今は私立中高一貫校のほうが、適性検査に似た問題を出題するケースが増えてきた。
2017年9月に首都圏模試センターが調べた情報によれば、2018年の中学入試では、関東地方の私立中高一貫校のうち、約80校が適性検査型の入試を実施する予定である。形式こそ適性検査とは違うが、いわゆる4教科型の入試ではない「思考力入試」や「総合型・教科横断型入試」を合わせるとその数は130校にもなる。大学入試改革の流れを受けた地殻変動が起きているのだ。
さらに、多くの私立中高一貫校が成績優秀者に授業料免除の制度を設けている。いわゆる「特待生」だ。東京都においては、すでに私立高校の実質無償化(収入制限あり)が始まっている。おカネをかけずに私立中高一貫校に通うチャンスも広がっているのだ。
■公教育にもできることのヒントが見つかる
と、まるでenaの宣伝のようになってしまったが、この記事の目的も書籍の意図も、そこではない。
ちょっと前に、中学生の約25%が教科書レベルの文章を十分に読解することができない状態にあるという研究調査結果が報道された。この国の教育の不都合な真実として、SNSなどでも盛んにシェアされていた。「このままでは未来の社会が危ない」というような論調も見られた。
しかし、中学校の教科書レベルの文章が読解できない大人はもしかしたらもっと多いかもしれない、と私は思った。
文脈や行間を読み取らず、切り取られた言葉だけが独り歩きをして炎上する。政治家は意味のわからない言葉をただ並べて、まともに質問に答えようともしない。そのことに国民も大きな疑問をもたない。
元を正せば、教育の機能不全が原因だ。真実を読み取る力、真実を見いだす力、真実を探る力が、大人にこそ足りていない。社会の中にはこれだけ問題が山積みだというのに投票率が著しく低いことも、その証左だ。
enaの授業を見て、これは本来公教育の役割なのかもしれないと感じた。適性検査に合格させなければいけないという使命ゆえ、受検テクニック的な部分も多分に含まれていることは致し方ないと片目をつむったうえでの話だが。
客観的に問題文を読み、課題を見いだし、解決の糸口を探し、自分の考えをわかりやすくまとめる。教科書に出てくる内容だけを使って、十分それができる。そのことを実証していた。同じことが普通の小学校でもできるはずだ。
1人でも多くの小学生に、小学生のうちに実感してほしい。考える楽しさと、わかる喜びと、そして一生懸命やったからこそのできなかったときの悔しさもちょっとだけ。そうすれば、未来の社会は今より随分とよくなるのではないかと思うのだ。
おおたとしまさ :育児・教育ジャーナリスト
2017.11.20
東洋経済から転載